■ふと、更新してみるか、と思ったところ、本人にもかかわらずパスワードがわからないという悪夢。

 さらに、秘密の質問を設定していないがゆえに再設定もできないという悲劇。

 なんか、更新しようと思ってアプリをスマホに入れたような、、、から、その時トレンドだったパスワードを入れたら何とかは入れたものの、新しくパスワードを設定しろという。byFC2

 パスワード管理術で読んだパスワードの組み合わせで登録しようと思ったら、簡単すぎるのでダメと言われる衝撃。

 また、忘れる自信しかない、というような羅列パスワードを再設定して、秘密の質問を入れたけど、これってかえって個人情報を渡す結果になったのではないかしら、、、という懸念。

 AIが口を滑らせる時代です、、、

 簡単すぎる、というパスワード判定も、個人のプライバシーを引き出すための手法かもしれない。

 プログラムを組んだのは人間なんで、意図しているいないに関わらず、気持ちがこぼれてしまっていたということは否めないと思うのです。


■ここにきて、人の嫌気にさらされている。

 ものすごくしょうもない。

 と同時に、ある時期を超えてからあまりそういうことはなかったし、割と自分が善意思考であるのだな~ということをしみじみと感じております。

 もちろん、悪意というか嫌気、悪いマイナスイオンに出会うことがあっても、別に聞かなきゃいい、知らなきゃいいわけです。

 それが、直風を浴びてしまって、ものすごく怒りっていうんですか、南野陽子でいうところの「おまんら、許さんぜよ(怒)」になっております。

 ただ、冷静さを失ってしまうと全くいいことがない、という負の轍を踏んでしまってもいるので、そこは感情に負けてはいけないと思っております。

 もし、これが嫌気にあたったことが一回もなかったら、へこんでいたのかもしれないし、吐き出せる友だちがいなかったら飲み込まれていたかもしれない。

 ありがたいな~と思いながら、夜中に話を聞いてもらい、ラインをしてぶちまけ、今は負ける気がしない。

 「怒らせた相手が悪かったね」

 という言葉とパイセンが心の支えです。

 そして、自分は自分なので、心を穏やかにして、きっちり積み上げていくしかないのです。

 かわいそう、という言葉は失礼なのかもしれないけど、自分本位の世界で優位性とか支配とかしか考えられない人は、かわいそうというしかない。

 でも、その人に支配をされそうになって、その世界が明らかに理不尽であれば声を上げるしかない。

 昔、自分が作る世界に悪い人がいないのは偽善だ、というご意見をいただいたことがあったことをぼんやり思い出しました。

 悪意と、悪い人っていうのは、違うんです。

 嫌気を浴びせるからと言って、その人が悪いとは思わない。時に、かわいそうって思う。

 書いていて、ふと、この小さい世界がとある○○町で起こっていることと重なってきているような気がしました。

 暴力でも、権力でも、金や欲望でもない戦い方があるということを、見せるしかなさそうです。

 渋々~~~www

 だって、相手にするほどじゃないから。


■物理的に職場を変えたり、移動をすると、必然的に見えてくることがあります。

 いろんなタイプの人がいるだろうけど、自分は体験していくことでしか腑に落とせない。

 頭でっかちで何もわかってなかったんだろうな、とも思うし、それでいて、大元は何一つ変わっていないことにも驚かされます。


 ただ、本を読まない、テキストを書かない生活をするとその部分の運動神経がかなり衰えて、何もできなくなっているのにこれまた驚かされます。

 仕事以外でパソコンもほぼ打たないスマホの生活、テキスト能力の低下、、、

 先週、思ったことダダ洩れで何も考えずに人に送った仕事メールの怖ろしかったこと、、、

 多忙っていうのは、性に合わないです。

 ほぼ一服中くらいがちょうどいいんです。

 一服する場所をキープしておかねば。


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2017.08.06 / Top↑
■心奪われる。

 あ〜いいな〜、どうしようかな〜と迷っていた時、ネットサーフィンというステキな仮想空間をさまよってみたら、さらに心を射抜かれ、せっせと貯めたポイントとカード社会に助けられて、心奪われた現物に明日以降、会えることとなりました。

 今週末、危うくヘルシンキに行きそうになった。
 心奪われすぎ。

■今日、我が家の子グマ姉弟がじゃれあいのケンカをしていたのですが、年頃に差しかかった姉は、気分がささくれ立っていたんでしょうね〜最後には「不潔!来ないでよ」とかアホな弟に言い放ちました。

 その、ただならぬ雰囲気にアホな弟も「不潔って何?どういう意味?調べてやる〜」と、半分はまだじゃれて辞書を引いたわけですが、明解さんは容赦なく、不潔の欄の第二項に「けがらわしくて、つきあいたくない様子。」と、解釈しておりまして、あまりのジャストぶりに「言うね〜明解さん」と会得しているこちらをよそに、子グマ弟はしくしくと泣き始めました。

 「言霊ってすごいよね」という話になりまして、泣いたことよりも明解さんのひと言で、喧嘩両成敗となり、いつになくしおしおと仲直りしておりました。

■このブログも、引っ越したほうがいいのかしら、、、と思うニュースが流れたのですが、見たら2004年からって10年以上か、、、全然たまにだけど、、、しばし、、、ですかね。

■雲から顔を出した大きな半月を見ていたら、遠くまできたな〜と。

 でも、ずっとそう思ってる気がする。
 で、その度に「遠くまでって?」と自問してしまうわけで。

 「だったら、いくつくらいなのよ?」という想定がものすごくぼんやり、ごにょごにょしていて、粘土かスライムが人間の型に入れられているような気がする。

 マイナス範囲が広くなってるってことは、重ねてきてるんだろうけど。なんか、刹那すぎて断片しかない。

■最近のニュースはいろいろあるけど、

  テレビのリーチ率はほぼ100%(byホリエモン)

 のひと言が面白かった。

 物の見方、捉え方、一つだ。

■人それぞれだからだろうけど、やっぱりテレビって好きだな〜って思う。
 あんまり集中しなくていいのもいい。
 集中することもあるし、でも、流れてる感じがいい。

 ラジオは、どうしても集中しがちになってしまう。

■今日の丁寧モードは、過去記事を読んだから。

 やっぱり、圧倒的なものは好き。
 

2015.09.03 / Top↑
■8月最初の方の朝は、窓から見る清々しさとちがって、空気がすでにぼわ〜んと暑い。
 アブラゼミの鳴き声が空気をビリビリ裂いて、その紙くずが重さと熱を溜めていく。

 朝の月は白く強く光って、夜を恋しがっている。
 太陽を連れてきた東の朝焼けだけが淡々としている。

 自分の中で、脂肪のように何かがたまって凝り固まって頭も硬くなって、それが原因で些細なことにもささくれだってしまっていたんだな〜と、散歩をして思う。

 もっと移動するべきだ。

■出不精なままどれくらいの月日が経ってしまったのやら、というのをスマホの記録を見て恐ろしくなる。

 今の1週間は1年以上に相当する。
 ふわっと会いに行って、ただ会いに移動すればいいだけだ。きっと。

 きっと「やあ」って笑ってビールを飲む。

■今年、数珠つなぎ的に、今まで機会を失って読んでいなかった「3月のライオン」を読んで、ダラダラ涙を流して、大人買いをした。

 お子さん達は、実家に帰ると「ドラえもん」「ちびまるこ」「ドラゴンボール」を読み、「海街diary」は映画の前から、「スラムダンク」、「3月のライオン」とマンガの英才教育を受けているようだ。

 間には、流行りの「アオハライド」とか「ダイヤのエース」とかも読んでいるらしい。

 今年の夏は手塚治虫とかベルバラとかにもたどり着くだろうか。

■最近、いろんなことが遠くなりすぎて、ますますよくわからなくなった。
 混沌、とか、困惑、とか、じゃなくて「わからない」

 先日プールで、三姉妹の真ん中らしい女の子(推定5歳)が、一人で♪もしもし亀よ〜 を歌いながら浮き輪をつけて、永遠プールの淵を伝っていた。

 長女と三女と戯れる母親は、監視員に注意をされて初めてその子に注意を向けた。

 遅れてきた父親は、なんてことなくその子に声をかけて、そしたらその子の表情が少しだけ変わった。

 親は、自分の子どものことを理解できると過信している。
 それは、なんか残念だ。

 ずっと♪もしもし亀よ〜 を歌って浮いている女の子、面白かった。
 何が見えてたのか、ただそれが楽しかったのか、プールが気持ちよくて頭にループしていたままに口ずさんでいただけなのか、ただ、それを見ているだけで面白かったから、ただそれだけでいいじゃん、と思った。

 その子に、ただ声をかけてくれる父親がいてくれてよかった。

 自分に何ができるのか、とか、全部理解できるはず、とか、過信してはならない。

 わからない、は、わからないまま、上等じゃないか。


2015.08.04 / Top↑
■最終日。今年は理由あってやることが山積み。山積みと思いながら、ぼんやり美味しそうなサイトを見ながら缶詰のコーンを食べている。昨日までは、毎日10時間以上眠り続けていて呆れられている。今年は年に2回インフルエンザになりましたよ、と医者に呆れられて、それでも予防接種をしないのか、と呆れられて、自分が一番驚いた。注射は嫌いです。


■昨日は、久しぶりに相方に会いに行った。肝心なこととか、ちょっと話したいかな〜って思うこととか、あったようなないような。でも、会ったら昨日まで会ってたみたいな感じで「Macが電源入らなくて」って、ずっとYosemiteの話をしてた。あと、育児を懐かしんだら、当時ずっと悪態をついてたよって言われた。おかしい。当時から、いつの日か過ぎ去るものって思って大事にしましょう、って気持ちだったのに、って思ってたのに。美化されるのか。恐ろしい。美化されるというか、覚えてない。忘却は美徳?相方がいてありがたいな〜って思うのは、こんな風に記憶を補完してくれる時だ。来年はうまいもの納会をせねば。


■記憶でいくと、上の子が生まれた直後?かな、ホンを書かねば、と、膝の上で泣かせたまま、なんか追われるように書き直しをしたこと。あそこだけ、映像で切り取られたようにくっきり。よくわからないな〜。あのスイッチは。まだ、どこかにあるのかな。錆び付いて、たまって、違った意味で、よくわからないことになってる。とりあえず、年明けに本を読んだりひたすら音楽を聴いたりすることを夢想中。そして、年末年始は、実質72時間も稼働できませんよ、と、自分に教えてあげよう。


■経験豊富な先輩から、素敵な助言をいただく。ありがたや。きっと厄年を抜ける。12年だ。15年だ。誰も褒めてくれないから、自分で褒めることにする。よくやったのだ。そして、素敵な先輩がいることに感謝、そして、そんな先輩をゲットできた自分をまた褒める。


■先日、原美術館に行った。あれ?この入り口は来たことあったな、そういえば、その当時は道もよくわからないまま歩いたかもしれない。と思った。その後、東京の南西地区をひたすら歩く仕事をしたので、ちょっとあたりがつくようになった。歩くことは大事だ。来年はパンクしたままの自転車を直そう。


2014.12.31 / Top↑
■5月と9月は更新することになってたのか?
 と、笑ってしまいました。

2014.09.13 / Top↑